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話題のツイートから考える――「ステレオタイプ」

 
 みなさんこんにちは、倫道です。

 基本的には暇を持て余している私ですが、この数日は珍しく忙しく、記事を書く暇がありませんでした。

 さて、今回は芸能人の志尊淳さんのツイートについて記事を書こうと思います。




お菓子を我慢する女性

 
 「#素朴な疑問」となってはいますが、「自分は自分。人は人」の部分から、いわゆるステレオタイプを批判しているツイートだと考えられます――が、ここはあえて「素朴な疑問」だと素直に捉え、答えを考えてみようと思います。
 


 
 「女性は甘いものが好きで、豪快なのは女性らしくない」
 こういったある特定のカテゴリーに属する者に対する固定観念的な捉え方をステレオタイプと言います。

 ステレオタイプという言葉はけっこう有名だと思いますが、一応Wikipediaから引用しておきます。

ステレオタイプ(英: Stereotype、仏: Stéréotype)とは、多くの人に浸透している先入観、思い込み、認識、固定観念、レッテル、偏見、差別などの類型化された観念を指す用語である。
Wikipedia:ステレオタイプ



 つまり、雑に志尊さんの疑問に答えてしまえば、それは「私たちのステレオタイプ的思考によってそうなっている」ということになります。

 ただ、そのような答えでは雑が過ぎましょう。
 「なぜステレオタイプがなくならないのか」あるいは「なぜ私たちはステレオタイプ的思考に陥ってしまうのか」まで考えるべきだと思います。


 このステレオタイプ、志尊さんもツイートしているように方々で「なくそう」「やめよう」と言われています。
 しかし、なかなか無くなりません。それはなぜか。

 私見ですが、そこには大きな理由が二つあると思います。

①メリットもある

 ステレオタイプというとネガティヴな印象で語られがちですが、人間に普遍的な性質である(と考えられる)のなら、そうするメリットがあると考えても不自然ではありません。

 例えば、小学生くらいの子供について考えてみます。
 私たちは無意識的に、そしてステレオタイプ的に、小学生くらいの子供は大人に比べて判断力・理解力・知識が乏しいと考えます。
 
 大人が子供に話しかけるとき、とりあえずは
 (理解力が乏しいだろうから)ゆっくりわかりやすく、(知識が乏しいだろうから)簡単な言葉を選ぶでしょう。

 もちろん子供でも大人並みに、あるいは大人以上に判断力・理解力・知識がある者もいますので、これは常に正しい判断であるとは言えません。

 しかしこのように、よく知らない相手への初期対応にステレオタイプを利用することは、簡潔で迅速で無難であるというメリットがあると思います。


②誰もが豊富な認知資源を持つとは限らない

 認知資源というのは、簡単に言えば精神的な活動に必要な資源のことです。
 集中する注意する配慮する我慢するなどの行為を際限なく続けることはできませんよね。
 つまりそこには、何らかの消費される資源が存在すると考えられているのです。

 まあ、そこまで難しく考える必要はありません。考えるために必要な力と理解しておいてください。

 この認知資源、疲労していたり気力が萎えていたり、簡単に言えば余裕がないときには乏しくなってしまいます。
 私のように暇を持て余した人間は余計なことを考える余裕がありますが、日々に忙殺されていたり、生活が苦しい者にはその余裕がありません。

 そして、ステレオタイプ的思考は認知資源の節約になると言われています。
 例えば女性への贈り物を考えるとき、「この女性は何を好むだろうか」を考えるより「女性は何を好むだろうか」と考えた方がラクですよね。

 ステレオタイプ的思考に陥ってしまうというのは、必ずしもその人自身が浅慮だからというわけではなく、現実生活の困窮等の理由で認知資源が確保できていないからかもしれないということです。

 これは「ステレオタイプ」という概念とその問題点を当人が理解していたとしても、生じてしまう問題です。






 ステレオタイプ的思考というのは抑制するのが難しいと言われていて、特に注意を払っている(認知資源を費やしている)対象へならともかく、全てのステレオタイプを自身から取り除くのは非常に難しいと思います。

 現状私が心がけていることは、

常に例外はあることを念頭に置く
 これは同時にステレオタイプをある程度受容するということにもなります。
 先入観・固定観念を持つことを常に避けようとするには認知資源を使いすぎるので、思い込んで決めつけることだけしないよう注意します。

相手がステレオタイプ的思考をするという前提で心構えをする
 相手に悪意があることなど稀なので、毅然としていようということですね。
 例えば私は身長が平均より高いのですが、付き合いの浅い方に「のんびりしてそう」「不器用そう」と言われることが多いです。
 しかしそれはだいたい、悪意をもって私を攻撃しようというわけではなく、ただ「なんとなく」そう思っただけなのです。
 そういう心構えでいれば、自らを「侮辱された」あるいは「型に嵌められた」といちいち患う必要はなくなります。






 ステレオタイプの説明と無くならない理由、私の対処法について語らせていただきました。
 みなさんは、ステレオタイプに対してどのような考えを持ち、またどのような態度を取っていますか。

 ご意見や質問をお待ちしております。
 記事内における私の見解と異なるものであっても構いません。忌憚のない意見交換をしましょう。
 
 
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[ 2019/02/25 16:54 ] 話題のツイート | TB(0) | CM(0)
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